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京絵師による肉筆画の扇子。
国産竹と正絹を使用した京扇子職人手作りの一品です。
「勝虫」と呼ばれ武士に好まれた蜻蛉(トンボ)。勇ましく力強い三匹の蜻蛉をデザインしました。

商品名: 肉筆京扇子 勝虫
素材: 国産竹(唐木)、正絹
大きさ:男女兼用17寸
職人: 絵:冬奇/扇子制作:京扇子大むら


   
うちわの成立は、紀元前の中国で用いられたという記録が残っています。また、古代エジプトの壁画にも、王の脇に巨大な羽根うちわを掲げた従者が侍っている図があります。うちわは文明発祥時から存在する古い物であり、日本へは7世紀頃に伝来しました。その後、うちわを折り畳んで携帯に便利な扇子にするというアイデアは、8世紀頃の日本で発明されました。扇子の着想は、一説には、木簡を束ねて一端に穴を開け、紐などで繋いだ物が起源であるとされています。
葛飾北斎・画

武士階級では刀と同じ物と解釈され尊ばれました。戦国武将の肖像画の多くに扇子が描かれていることからも、武士にとって扇子は必需品であることが伺えます。また、江戸時代になってからは、武士が切腹する際、刀ではなく扇子で代用されました。

平安時代より扇は、そのほとんどが京都で生産されてきました。扇子の誕生以来1200余年、京扇子は歴史と伝統的手法を変える事なく、その優雅で風雅な姿を現代に伝えてきました。
京扇子は先ず「桧扇」と呼ばれる薄い桧板を重ね綴ったものが作られました。元慶元年と記されている東寺の仏像の腕の中から発見されたものが最古の桧扇とされています。次に竹と紙で出来ている「紙扇」が作られ、時代を経て現在に見られるような形となり、宮廷の用、能、狂言、舞踊、茶、香など用途に応じ様々の京扇子が生まれました。扇子はまた、国内ばかりでなく古く13世紀頃には中国へ輸出され、インドを経て遠くヨーロッパに伝えられルイ王朝を華やかに彩りました。そして、その後日本へ逆輸入され「絹扇」を生み出しました。



蜻蛉(トンボ)は「勝虫」とよばれた縁起物で、前にしか進まず退かないところから、「不転退(退くに転ぜず、決して退却をしない)」の精神を表すものとして、特に武士に好まれました。蜻蛉を「勝虫」とする由来は雄略天皇が狩に出かけた際に詠んだ歌が元になっています。素早く飛び回り害虫を捕食し、前進するのみで後退しない攻撃的な姿からともいわれます。

蜻蛉は、幼虫のとき甲冑のような姿をしていて、成虫になり獲物を捕らえたまま空を飛ぶ姿の勇ましさから、武士が縁起をかついだといわれています。戦国時代には兜や鎧、箙(えびら)刀の鍔(つば)などの武具、陣羽織や印籠の装飾に用いられました。また、矢を入れる箙(えびら)には「蜻蛉文」が彫られるようになりました。他に兜などにも使われました。戦国時代以降、能装束、夏の着物などに「蜻蛉文」は広く使われています。
余談ですが、徳川四天王の一人本多忠勝は蜻蛉切(とんぼぎり)とよばれる長さ2丈(約6m)におよぶという長槍を愛用しました。名前の由来は蜻蛉が穂先に止まった途端に真っ二つに切れてしまったという逸話にちなんでいます。



冬奇作 竹虎の舞
 
日本画を学ぶため京都へ移り住むようになり、その後絵師として活動を始める。自らの作品を通じて常に伝えようとしているのは、住み慣れた地の魅力、その背景にある京都文化の奥深さ。京都人ではないからこそ感じ取ることのできる京都らしさを「ジャポニズム」というカテゴリで存分に表現することで、独自の“京スタイル”を築き上げていきたいと語る。

参考文献:「櫻よ」「桜が創った日本」




   
肉筆京扇子 勝虫
・商品番号: 1202

・素材:

国産竹(唐木)、正絹
・大きさ: 男女兼用7寸
・備考: 扇子立ては別売りです。
・価格: 25,500円(税込・送料無料)
・色:
・大きさ:
・個数:
 
※色・大きさはありませんので「-」のままご注文下さい。
扇子立て

・素材:

国産竹(ゴマ竹)
・価格: 1,500円
・色:
・大きさ:
・個数:
 
※大きさはありませんので「-」のままご注文下さい。
※扇子立てのみの販売は承っておりません。ご了承下さい。