| 真田幸村覚悟の証。彫金職人の全工程手作業による渾身の逸品。江戸組紐との取り合わせが抜群です。銀製六文銭の表面が正面から見えるように工夫したデザインが最大のポイントです。 |
商品名: 銀守
六文銭
素材: 銀(silver925)、燻仕上げ
付属: 江戸組紐
職人: 山本建志、福島泰久 |
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六文銭とは、仏教でいう六道銭から由来しています。死者があの世に旅立つとき、三途の川を渡る際の船賃が六文というところからきています。
平安から鎌倉期にかけて、阿弥陀信仰、弥勒信仰とともに地蔵信仰は武士のあいだに流行し、足利尊氏なども熱心な地蔵信仰者でした。現代においても棺の中に六文銭を入れる風習が地域により残っています。六文銭を家紋とするということは、常に「地蔵菩薩」と共にあるという、生死を超えた覚悟を示していることになるのです。
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真田氏が六文銭を家紋として用いたのは”死ぬ覚悟”に他なりません。そのため他家からその覚悟を賞讃されていました。真田の兵は、戦では六文銭を身につけて決死の覚悟で戦ったといわれています。
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真田幸村は、大阪の陣で赤備え(赤装束)に身を包み、寡兵ながら徳川家康本陣に突撃を繰り返し、家康をあと一歩のところまで追い込みました。家康本陣の旗印が敵に倒されたのは、武田信玄に大敗した三方ヶ原の戦い以来のことでした。戦後、幸村の活躍は様々な形で伝えられ、島津家が国に送った書状には「日本一の兵(ひのもといちのつわもの)」と評され、細川忠興は「古今にこれなき大手柄」と絶賛したのです。
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大阪夏の陣。5月6日の道明寺の戦いにおける、政宗の「伊達鉄砲隊」と真田幸村隊との激戦は、戦国史上でも有名な戦闘で、『武将感状記』や『武徳編年集成』に詳しく記載されています。
5月6日の夜、幸村は翌7日を決戦の日と定め、大阪城内に留めていた三女・阿梅の保護を、なんとその日に行われた道明寺の戦いで激戦を繰り広げた伊達政宗の右腕・片倉小十郎に委嘱したのです。
そして翌5月7日家康本陣に突撃した幸村は壮烈な戦死を遂げることになりました。
大阪の陣後片倉小十郎は、幸村の娘・阿梅を妻として、六文銭を片倉家の替紋として用いました。敵として戦った相手の家紋を自家紋にするというのは異例中の異例ですが、片倉小十郎が真田幸村を敬愛していたことを雄弁に物語っています。 |
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| 掛守(懸守)とは、首から掛けるお守りのことです。戦国時代の掛守は、神社や寺の護符、毘沙門天、摩利支天などの本尊のミニチュアを筒状の容器に入れ首から掛けるものが一般的でした。常に死と隣り合わせにいた戦国武将の多くが信仰深く、なんらかの御守を持っていたと考えられます。真田家の六文銭はその代表といえるでしょう。右の写真は、米沢市にある上杉神社に所蔵されている上杉謙信所用といわれる掛守です。黒い木製の容器の中にある金箔が施された箱に、謙信が信仰していた毘沙門天などの像が納められています。また武田信玄は、軍神として崇敬していた諏訪明神の数センチほどの青銅製の小さな像を造り、それを身につけ戦に臨み、戦勝を祈願したといわれています。 |
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21世紀の日本に、六文銭を身につけ死と対峙している人が存在することをご存知でしょうか?
阿闍梨(あじゃり)。
比叡山の千日回峰行を成し遂げた人に贈られる特別の称号。
織田信長が比叡山を焼き討ちして以降、400年間で46人しか存在しません。
(※2007年10月21日、延暦寺大乗院住職・星野円道氏が 断食、断水、不眠、不臥を9日間続ける「堂入り」を終えました。)
この回峰行は途中でやめることを許されていません。行を途中でやめるときは、腰に差している短刀で自害するのです。途中400日を過ぎると蓮華の笠を頭に被ることが許されます。その蓮華笠には六文銭が忍ばせてあります。志半ばで死出の旅に出た時に、三途の川を渡るときの渡し賃として身につけているのです。それは正に戦国の世の真田の兵たちと同じ決死の装いに他なりません。六文銭は、時代を超えた覚悟の証です。
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彫金職人・山本建志。その卓越した彫りの技術と、洗練されたデザインセンスは”本物”のオーラを放っています。手彫りによる型製作は繊細かつ力強く、一彫り一彫りに魂がこもっています。当時の永楽通宝を手彫りにより忠実に再現。裏にも手を抜かず、不二の紋をデザインしました。六文銭は、アクセサリーを超えた銀掛守です。ですからどこまでも一点一点手作りによる丁寧な仕事が要求されるのです。大量生産、機械製作にはない、職人手作りの銀細工は身につける人の力となります。 |
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六文銭はアクセサリーではなく掛守です。ですがデザインにも徹底的にこだわりました。紐に銀製の永楽銭6枚を普通に通した場合、6枚の永楽銭がぴったりくっついてしまい、何の面白味もないものになってしまいます。そこで6枚の銀製永楽銭の間に特殊加工した5枚の銀製のコマを入れることにより、永楽銭の表面が正面から見えるように工夫しました。仕上げは、一度燻した後磨きなおし、文字の周りだけ残し、立体感が出るようにしています。紐の色味とシルバーの輝きが重厚さと美しさを醸し出しています。 |
使用している紐は、大正創業の100年以上の歴史を持つ、江戸組紐の老舗・福島商店製の特注の絹製最高級江戸組紐です。江戸組紐は、武士が武具の紐として愛用したことでも知られています。
昨今機械化されることが多い江戸組紐ですが、福島商店の組紐はもちろん職人による手組み。その中でも「角杉」という最も丈夫な組み方による組紐を、長さ、太さ、堅さを特注して六文銭専用の紐として製作しています。角杉とは、通常の組紐より下準備に時間がかかる、技術的に難しく手間がかかる組紐です。何本もの縒り糸(よりいと)を専用の滑車が付いた器具で縒っていきます。ただし、普通に縒るだけでは元に戻ってしまいますので、蒸気をかけながら蒸して縒っていきます。この作業を縒り止めといいます。通常の生糸と縒り糸を同時に縒りあげていきますので、一本を組むのに半日以上かかる手間ひまのかかった職人技による組紐です。
六文銭には、金属製チェーンや革紐ではなく、当時の真田の兵たちが使っていただろうと思われる組紐を、さらに進化させた形にして再現しました。また、あえて金属製のジョイントを使用せず、どこまでも当時の使用法を再現するため、無骨に組紐を結ぶ形にしました。組紐は長めにしてありますので、首の太さやお好みにより長さを自由に調節できます。色は、黒+黒色と、黒+鼠色の2種類がありますのでお好みでお選び下さい。
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| 銀守
六文銭 |
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| ・商品番号: |
1001 |
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・素材:
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銀(silver925) |
| ・付属: |
江戸組紐(90cm) |
| ・備考: |
桐箱に入れてお届けします。 |
| ※お届けまで2週間ほどお時間を頂く場合がございます。ご了承下さい。 |
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