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根付は江戸の武士の粋なお洒落です。
薩摩黄楊の高級稀少木地「孔雀杢」を使用した根付です。戦国武将に好まれた「香車駒指物」を根付に再現。書体は加藤清正の愛用駒に由来する「清正好」。伊賀組紐による根付紐付。武家文化を凝縮した最高級実用駒根付です。

商品名: 孔雀根付 駒金
素材: 薩摩黄楊 孔雀杢

付属: 根付用伊賀組紐
職人: 剣心


 
歌川国芳 「香車の駒」
※歌川国芳の「香車の駒」です。和服の美人が右手に香車の駒を持っています。
将棋を指す方なら当然疑問に思うでしょう。商品名が何故「香車」ではなく「駒金」なのか?
その由来は江戸時代にまで遡ります。戦国時代香車の指物は、多くの武将に好まれました。そして当時、香車の指物は「駒金」と呼ばれていたのです。指物には、白地に香車の二字を墨書したものが使われていたと記録に残っています。


香車は将棋の駒の中で唯一、前方のみ進める駒で、敵陣で成って「金」に出世する以外は、引くことも横へ動くこともできません。その敵陣へ向かって直進するのみで決して退くことのない動きは戦国の武士に大変好まれました。また、香車を”やり”とも読み、槍先の功名を祈ったのです。
そして、香車駒の指物は誰もが使用できたわけではなく、由緒ある者にしか認められなかった特別なものなのです。




織田信長は、『戦陣を象ったものでおもしろい。武将は大いに習え』といって将棋を奨励しました。
豊臣秀吉も将棋を好み、「太閤将棋」といって、下手側が飛車先の歩をはぶき、一手で飛車を成り込むという変則将棋を指したり、現在も山形県天童市で毎年行われている「人間将棋」も、秀吉が発案したといういわれています。秀吉が天下人となった後、春爛漫の伏見城での花見の席で、小姓と腰元を将棋駒に仕立て、野試合を楽しんだという伝承が残っています。徳川家康も「将棋所」を設け将棋を厚く保護しました。
将棋は、戦国武将にとって必須の文化素養の一つだったのです。

字が書かれていない将棋駒を馬印として使用する戦国武将もいました。それは、将棋の駒の洗練された五角型の形がおもしろく思われて、戦国武将に紋として使用されたのではないかと推測されています。有名なところでは、織田家赤母衣衆筆頭として「槍の又左」「傾奇者」と異名を取り剛勇を誇った「加賀百万石の祖」前田利家が、長篠の戦いで将棋駒を馬印として使用しているのが、記録に残っています。孔雀根付「駒金」の裏は、戦国武将に好まれた五角形をお楽しみ頂きたいという思いから、「甚六」の商品には欠かせない「不二の紋」をあえて入れていません。
長篠合戦図屏風 前田利家(犬山市個人蔵)

加藤清正所用・盤・駒箱・水無瀬駒(本妙寺蔵)
加藤清正も、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康ら天下人と同じく将棋を愛していました。清正の将棋に関する逸話が残っています。ある日、清正と家臣の小野鎮幸(和泉)が将棋を指していました。その時隣の部屋にいる近習が喧嘩を始め、抜刀して怪我人がでるまでになりました。将棋が敗色濃厚だった清正は、喧嘩の仲裁を口実に席を立ち上がろうとしました。すると対戦相手の小野鎮幸は『見苦しい真似をしなさるな。主君たる者が、この位の事で立ち上がられてはいけません。それがしが、何の為にこの場に居るのかお忘れか。もし此所に押し入って来る様であれば、不肖この老人が取り押さえましょう。殿は落ち着いて此所に居られて下され』 と言って清正を睨み付けた。豪勇を以って鳴る清正も、小野鎮幸に心の内を見透かされ、ただ赤面するほか無かった。というものです。余談ですが、ジョン・レノンの妻オノ・ヨーコさんは小野鎮幸の子孫です。

熊本市本妙寺に残っている加藤清正が愛用していた駒が、水無頼兼成作(1514ー1602)の水無瀬駒です。水無頼兼成の駒は、徳川家康や豊臣秀次なども愛用しています。駒師としての水無瀬家は四代にわたり駒を作り続け、後世には「将棋駒の銘は水無瀬家をもって宝とす」といわれるようになりました。
本商品「駒金」は、本妙寺蔵の加藤清正所用の水無頼兼成作の駒をもとに制作された「清正好」という書体を使用しています。



将棋指しが職業化される16世紀末期ころから、「駒は黄楊に限る」と書物に出ていることからも分かるように、将棋駒といえば黄楊となりました。黄楊が駒に適している理由は、木地が緻密である。長年に使用に耐えうる強度。木目や模様の美しさなどがあげられます。これらの要素を兼ね備えているのが本黄楊と呼ばれる御蔵島黄楊と薩摩黄楊です。近年は、中国黄楊やシャム黄楊など安価な黄楊材が使用されることが多くなりましたが、最高級駒に使われるのは、本黄楊です。
根付は将棋駒よりも摩擦やキズに強くなくてはなりません。そこで、御蔵島黄楊よりも堅い薩摩黄楊を使用しています。

駒木地には様々な模様があります。安価な「板目」「柾目」から、「根杢」「虎斑」などの珍しい高級木地まであります。通常根付に使われる木地は安価な「板目」です。「駒金」には、一本の木から少量しか取れず珍重されている「孔雀杢」を選びました。「孔雀杢」とは、読んで字の如く孔雀が大きく羽を広げたような美しい模様です。「駒金」は、高級木地を使用した初めての本格根付です。

通常の将棋駒より堅く肉厚な駒木地を使用しています。それは、水無頼兼成作の駒が、現在の駒と比べて極端な肉厚な駒だったからで、昔の駒を再現するために肉厚の駒木地を特注しました。

黄楊は手入れをしながら使用していくと、実に美しい飴色に姿を変えていきます。(※椿油やクルミ油を布に少量つけ磨きますが、やたらと油を使わずに通常は布で乾拭きするだけで十分です) 駒が飴色に変化していく過程をお楽しみ下さい。
右の写真は、見事な飴色に変化した黄楊駒です。
豊島作 清安書(個人蔵)


かつて下駄の表面を磨くのに使われていたのが瀬戸玉です。駒を固定して表面を磨く一種の”焼入れ”の状態となり、木がさらに締まります。一度磨きを入れ、日を置いて再び磨きを入れるという手間をかけた駒面の光沢は、安価な駒根付にはない見事さです。そのツルツルしながらしっとりとした触感は絶妙。是非手にとって味わって下さい。

駒を彫ったあと文字部分に漆を入れていきます。この作業をかつては「墨入れ」といっていました。漆は5千年前の縄文時代から、木製の食器や祭祀具などの塗料として使用されていました。しかし、日本産の漆の木は乱獲のため減少し、十分に生長していない細い木からも採取しており、今後ますます高価で貴重になるといわれています。「駒金」には、貴重な国産漆を使用しています。

将棋駒の最高級品は漆を高く盛った「盛り上げ駒」ですが、普段から使用する実用根付の場合、摩擦などハードな使用となりますので、盛り上げ駒だと漆が欠ける可能性があります。そこで彫りによる陰影がはっきりとしていて漆の欠けの心配がない彫駒が根付には最適です。

忍者文献として有名な「萬川集海(ばんせんしゅうかい)」の第13巻に、下げ緒七術に使われた下げ緒の紐が記載されているところから、戦国時代末期の忍者により使われていたことがわかります。藤堂高虎の伊賀入国とともに、城下町の築造、武士の城下町での居住により武具の需供体制が確立されました。藤堂藩鎧師・筒井小市郎などにより、甲冑の縅用(おどしよう)としての組紐も盛んにつくられ、武家社会制度の中で、武具、装具類を中心とした鎧師(よろいし)、打紐師(うちひもし)、刀鍛冶師(かたなかじし)などにより組紐は重宝されました。当商品には、伊賀組紐の老舗・平井兼蔵商店の熟練の伊賀組紐職人による、根付用の特注伊賀組紐を使用しています。

伊賀組紐


剣心作 三邨書 彫駒(個人蔵)
根付制作の駒師は、関西駒師界次代のホープ、田中剣心。将棋駒の種類には、「書き駒・彫り駒・彫り埋め駒・盛り上げ駒」とありますが、剣心さんは「彫り駒」にこだわって制作を続ける職人。その彫りの確かさには定評があります。また剣心作の彫り駒の特徴の一つに、その磨きの仕上げの見事さがあげられます。
左の写真は、駒師になって比較的初期の頃の剣心作の三邨書の彫駒です。


参考文献:「駒のささやき/駒研出版会」「将棋文化史/山本亮介」




孔雀根付 駒金
・商品番号: 1101

・素材:

薩摩黄楊 孔雀杢
・付属: 根付用伊賀組紐
・備考: 桐箱に入れてお届けします。
・価格: 6,500円(税込)
・色:
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